クラウドテレビに究極の進化形態を見た

先日、「NHK技研公開2015」を見学してきた。

NHK技研公開というのは、毎年5月末に、世田谷区砧のNHK放送技術研究所で開催されるイベント。テレビ放送関連の新技術や、実験的な研究開発物の展示が行われる。

ここ数年、技研公開におけるメインテーマはというと、「8K」と「ハイブリッドキャスト」なのだが、今年はどうかというと、やっぱり8Kとハイブリッドキャストだった。
といっても、印象としては、8Kがより強調され、ハイブリッドキャストはだいぶ隅っこに追いやられた感じだ。

ハイブリッドキャスト関連の展示には、NHKのほか、TBS、フジテレビも参加していた。が、展示内容はというと、正直な話「ネタに困っている」という印象を受けた。

たとえば、ハイブリッドキャスト対応VODシステム。ハイブリッドキャストの仕組みを使って、テレビ機器上でVODを視聴できるというのだが…えっと、それってユーザー的に見てどうすごいんだっけ?

そもそもハイブリッドキャストって、番組と連動して、リッチな関連コンテンツを取得できたり、インタラクティブな操作をできたりするものだと思っていたのだけど、VODってことは、すでに放送連動と関係なくなってないか?
HTML5コンテンツを表示できるっていうところだけを抜き出して活用してるってことなのか?
いちおう、リアルタイム放送連動として、緊急速報などが入った場合に、VODコンテンツ再生を停止し、テレビ画面を強制的に緊急速報に切り替えるという機能があるらしい。が…うーん、放送の使命を果たすという意味では重要なのかもしれないが、ユーザーの気持ちとして実際問題どうなんだ?と思わずにはいられない。

TBS、フジテレビの展示も、正直微妙だった。たとえば、リアルタイム放送のCMを視聴者に合わせて差し替える仕組み。賛否はともかく、アイデアとしてはさんざん言い古されている感が否めない。
また、番組の追っかけ再生中に、リアルタイム放送のCMタイミングに合わせて無理やりCMに切り替える、なんてのもあった。仕組みとしてはある意味おもしろくもあるが、なんかそれってもう、視聴者不在のテレビ局都合でしかなくないっすか?

と、「なんか迷走してるよね、ハイブリッドキャスト業界」という状況の中で、個人的にときめいたネタがひとつあった。「クラウドテレビ」とか、そんな名前の展示物がそれ。

どういうものかというと、要は完全なシンクライアントのテレビだ。
テレビ映像からユーザーインターフェースから、何から何まですべてクラウド側に存在している。テレビ画面には、クラウドからネット経由で送られてきた最終アウトプットだけが表示される。ユーザーのインプットはネット経由でクラウドに送られ、クラウド側でインプットに応じた処理が行われる。

さらにこのクラウドテレビには、タイムシフト視聴機能が組み込まれている。クラウド側に過去番組が一元的に保存されており、ユーザーは自由に過去番組に遡れる。ユーザーごとに録画データを保持するのではなく、だ。

 

僕がこれに魅力を感じたポイントは2つある。

ひとつは、純粋に「サービス」としての価値のみが濾過された「テレビ」の姿を示してくれているという点。

今日、タイムシフト視聴やらVOD視聴やら、いろいろなことが実現されている。でもそれは、コンテンツの伝送経路(放送波orネット)だとか機器だとか、あれやこれやの理由でコンテンツがあちこちに分断されてしまっているのを、ユーザー側の努力でなんとか乗りこなしている状態だ。
そういった「乗りこなし」の努力は、ユーザーにとっては本来どうでもいいことだ。ユーザーが求めているのは「このコンテンツを見たい」ということだけ。それが放送波経由なのかネット経由なのか、リアルタイムなのかタイムシフトなのか、どの機器に録画データが保存されているのか、といったことは、本来意識する必要がないことだ。
しかし今後、コンテンツの提供形態は多様化する一方だろう。8K時代になれば、コンテンツの伝送経路はさらに多様化するだろうし、VODの普及もそれに拍車をかけるだろう。その多様化した状態をそのままユーザーに突きつけたら、ユーザー側はさらにそれを乗りこなす努力を強いられる。
ゆえに、そういう「ユーザーにとって不要な努力」を取り払う(ラッピングする、抽象化する)方向性の進化が重要になる。

クラウドテレビでは、そういった不要な努力を強いる要素は、すべてクラウド側で吸収される。ユーザーは、放送波とネット、コンテンツ保存場所等を一切意識することなく、サービスメリットのみを享受できる。

今回の技研公開では、このクラウドテレビに限らず、このように「ユーザーに無駄なことを意識させない」という方向性の技術提案がいくつかあった。
そんな中でも、このクラウドテレビは、ユーザーにとって必要なことのみをとことん突き詰めたら究極形を示している気がして、すごく歯切れの良さを感じた。

 

もうひとつは、「快適なUIの実現」という課題解決の答えとして有望に思われるという点。

スマートテレビ化、というか、放送波以外も含めた多様なコンテンツがテレビ画面上でフラットに扱われるようになるというのが、今後の変化の方向性であるとして、そうなった場合に、その多様なコンテンツをどうやって快適に選択できるんだい?というところが重要になる。もっさりした動作の画面で、根気強くカーソルを動かしてコンテンツを選び…ということを強いられるようなら、むしろ従来のテレビの方がよっぽどマシだった、なんてことにもなりそうだ。

Android OS搭載テレビだ、FireFox OS搭載テレビだ、なんていう話が次々に出てきている昨今なので、今後はテレビに搭載されるCPUも高性能化していくかもしれない。
が、そもそも、テレビにそんなに高性能なハードウェアを内蔵してほしいのか?という問題がある。購入時点では高性能なCPUでも、2年もすればもっさりして使ってられなくなる。1度買ったら10年近く使うテレビに、賞味期限2年のCPUが内蔵されていたら、残り8年どんだけ辛い思いをして過ごさなきゃいけないんだって話だ。

だから基本的には、テレビはただのディスプレイとして存在し、CPU的なものは外出しされているほうがいい。

もちろんそれだけなら、STB的なものを接続するという形もありかもしれない。
ただ、STBにしたところで、やはり2年で賞味期限が切れる問題は避けられない。ユーザーにとってのサービス価値のみにフォーカスすると、シンクライアントという形態は理想的に思える。

 

…と興奮気味に語ってみたものの、このクラウドテレビはあくまでも研究開発的なコンセプトモデルにすぎないし、そうだからこそここまで突っ込んだコンセプトを打ち出せているという話ではある。
実際にこれを実現しようとしたら、既存のテレビビジネス、テレビ関連機器ビジネスなど、関係各方面の方々を激怒させることになるだろう。東京湾に沈められる人はひとりやふたりじゃ済まないかもしれない。

それでも「こうしちゃえばよくないっすか?なんでこうじゃいけないんすか?」と、ケロッといってのける人がいてほしい。誰かがそういっているうちに、いつか何かの拍子に本当にそうなるかもしれないわけで。